ジョン・ポール・カレッジの卒業生たちが芝生の上で角帽を空高く投げ上げている様子
卒業生ストーリー一覧

日本・埼玉県 2017年卒業 生徒会副会長

英語ゼロから

Ken Kondoさんの歩み — 2017年の生徒会副会長

Ken Kondoさんが日本からオーストラリアへ来たのは12歳のとき。英語はまったく話せず、先生からご両親へ「大きな挑戦になるでしょう」と伝えられたほどでした。それから9ヶ月後には本校へ進み、5年後には生徒会副会長として、Academic Honours(学業優秀賞)と日本有数の名門大学への進学を手にして卒業しました。ここからは、Ken Kondoさん自身の言葉でその歩みをご紹介します。

  • 12歳で入学
  • 生徒会副会長
  • ほぼオールA
  • Waseda University
ストーリーを読む
12
英語がまったく話せなかった入学時の年齢
9ヶ月
本校(メインカレッジ)へ進むまでの期間
生徒会副会長
2017年選出 · 留学生の声を届ける存在
Waseda
受け入れられた留学生100名のうちの1人
明るく現代的なジョン・ポール・カレッジのラーニングセンターで学習に取り組む生徒たち ジョン・ポール・インターナショナル・カレッジ (JPIC) · 少人数クラスでの学び
英語を学ぶ

「大きな挑戦になるでしょう」と先生に言われました

Ken Kondoさんが埼玉県からオーストラリアへ来たのは、12歳のときでした。英語はまったく話せず、実際に先生はご両親へ、オーストラリアでの学習はKen Kondoさんにとって大きな挑戦になるだろうと連絡していました。

ジョン・ポール・インターナショナル・カレッジ (JPIC) の先生方の指導のもとで、Ken Kondoさんの英語は目を見張るほど速く伸びていきました。とくに力になったのは少人数クラスと、母語ではなくすべての教科を英語で学ぶ環境だったと振り返ります。「先生は厳しいときもありました」とKen Kondoさん。「でも、私の成長と成功を心から気にかけてくれていました。」

わずか9ヶ月で、Ken Kondoさんはインターナショナル・カレッジを修了し、ジョン・ポール・カレッジの本校へ進みました。

「英語は本当にまったく話せませんでした。先生方の指導のもとで、とても速く上達しました。」

Ken Kondo · JPICでの1年目について

学校になじむ

新しい学校、新しい言語、新しい友だち

本校での生活は、はじめは決して簡単ではありませんでした。英語のレベルは上がり、学習の量も増えました。それでも先生方が時間をかけて個別に見てくれたおかげで、遅れをとることはありませんでした。

友だちづくりも、それ自体がひとつの挑戦でした。Ken Kondoさんはオーストラリア人の生徒に話しかけることをためらっていました。けれども自分から先に話しかけてみると、みんなとても親切で温かく迎えてくれることに気づきました。やがて友だちがたくさんでき、ジョン・ポール・カレッジでの生活は心から楽しいものになりました。

Ken Kondoさんがはっきりと伝えたいことが、ひとつあります。課外活動に参加することです。Ken KondoさんはJPICでサッカーを始め、それが新しい友だちをつくる最良の方法のひとつになりました。その後、妹さんも同じカレッジに入学し、いっしょにブリスベンの魅力を巡った時間は、家族との大切な思い出になりました。

自分から話しかける

「自分から話しかけてみると、オーストラリア人の生徒はとても親切でフレンドリーでした。」

チームに入る

JPICでのサッカーは新しい友だちをつくる絶好の機会でした。新入生へのいちばんのアドバイスです。

家族がすぐそばに

妹さんもJPCに入学し、ふたりでブリスベンの魅力をたくさん体験しました。

JPCのFenton Villageの明るい部屋で、いっしょに勉強する寮生たち Fenton Village · JPCの寮コミュニティ
もうひとつの「家」

ホームステイ先の家族から、寮のコミュニティへ

Ken Kondoさんは、ホームステイ先の家族との暮らしと、その後の寮生活の両方を経験する機会に恵まれました。そのどちらもが、自立した今の姿をつくり上げていきました。

ホームステイ先のご家族はいつも変わらず親切で、学習もつねに手助けしてくれました。来たばかりのころ、英語を身につけるためにホームステイ先のお父さんと毎晩、幼稚園向けの絵本を読んだことを今でも覚えています。家族と離れて暮らすことは、自分で決断し、その結果に責任をもつことを学ぶ経験でもありました。

10年生のときに寮生になることを選び、学業は大きく伸びました。毎日決まった時間に学習する習慣が身につき、寮生やスタッフは第二の家族のような存在になりました。「寮生活では、協力して学び、協力して暮らすということが本当に身につきます」とKen Kondoさんは語ります。

「ホームステイ先のお父さんと毎晩、幼稚園向けの絵本を読んだことを今でも覚えています。」
リーダーシップと表彰

生徒会副会長として、学び手として、ロールモデルとして

最終学年でKen Kondoさんは、留学生を支える役割を担う生徒会副会長(College Vice Captain)に選ばれました。そしてその年、カレッジで最も高い学業表彰のいくつかを受けることになります。

卒業式を祝うジョン・ポール・カレッジの卒業生たち
生徒会副会長リーダーシップ就任式 · 2017年

Speech Night(表彰式)での受賞

  • Academic Honours 12年生でほぼオールAを達成
  • Spanish Prize Spanishで学年トップ
  • 生徒会副会長 留学生コミュニティの声を届ける存在

どのように導いたか

  • 新しく入学した留学生のメンターを務める
  • 2017年リーダーシップ就任式
  • JPICの歩みを体現する存在

「自分の経験があるからこそ、ジョン・ポール・カレッジに新しく入ってくる留学生を支えられると思えました。」

本人が語る

Ken Kondoさんのストーリーを見る

英語がまったく話せなかったブリスベンでの初日から、Waseda University(早稲田大学)への進学まで。Ken Kondoさんが自身の歩みを語ります。英語版と日本語版のどちらでもご覧いただけます。

言語を選んでください

早稲田、そしてその先へ

100名のうちの1人 — そして、ここからが始まり

Ken Kondoさんは、日本有数の名門大学である Waseda University(早稲田大学)で学ぶことを認められた留学生100名のうちの1人でした。講義は英語で行われ、人と違う考え方が高く評価される環境です。

Waseda University(早稲田大学)

留学生100名のうちの1人として受け入れられ、Ken Kondoさんは大学進学のために日本へ戻りました。JPCで培った英語力と自信を携えて。

グローバルな視点

Waseda Universityでは講義が英語で行われ、自分の頭で考える力や人と違う発想が大切にされます。それはまさに、オーストラリアで留学生として過ごすなかで身につけた姿勢でした。

将来の目標:穀物トレーダー

目指しているのは、世界の穀物取引の分野で働くこと。異文化への理解、分析力、商業と経済の知識、そして複数の言語が求められる仕事です。

教室の外へ

学びの歩み

英語がまったく話せなかったブリスベンでの初日から、日本有数の名門大学への進学まで。Ken Kondoさんの学びの一歩一歩が、今の「世界を見つめる市民」としての姿をつくり上げてきました。

「世界に目を向け、広い心をもって世界を受け入れられる市民として、これからの自分の未来をとても楽しみにしています。」
  1. 12歳

    JPICに入学

    日本・埼玉県からブリスベンへ。英語はまったく話せませんでした。

  2. 9ヶ月

    本校へ進む

    少人数クラスで英語をぐんぐん習得し、ジョン・ポール・カレッジへ進みました。

  3. 10年生

    寮生になる

    Fenton Villageへ。毎日の学習時間のなかで大きく伸びていきました

  4. 2017年

    生徒会副会長

    リーダーとして選出。Academic HonoursとSpanish Prizeも受賞しました。

  5. 現在

    Waseda University(早稲田大学)

    日本のトップ大学に受け入れられた留学生100名のうちの1人。

  6. これから

    世界の穀物取引の世界へ

    文化、言語、商業、分析をまたぐキャリアを目指しています。

ジョン・ポール・カレッジで過ごした時間は、私にとって本当にかけがえのないものです。世界に目を向け、広い心をもって世界を受け入れられる市民として、これからの自分の未来をとても楽しみにしています。

Ken Kondo · 2017年JPC生徒会副会長 · 日本・埼玉県

JPCのすべての物語は、同じ場所から始まります

Ken Kondoさんも、ブリスベンの教室で英語ゼロから始めました。私たちのもとへ来るすべての留学生と同じです。ほかの卒業生の歩みもぜひご覧ください。そして、あなた自身の物語を始めてみませんか。